Lorelei

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歌が聴こえた。 よく聴こえなかったのでドアに耳を押しあててみた。 よく聴こえた。 月がまだ隠れていないのに 朝の光は君の瞼をノックする 輝いた宝石の海の中の人魚は 歌うんだ また君の笑顔が生まれるように 泳ぐんだ 新しい明日を知らせるために 街並みが淡色に変わる前に 歩き出さなきゃ 昨日の自分が泣き出す前に そっと笑わなきゃ ケイタは聴き終わってすぐいてもたってもいられず、ドアを勢いよく開けた。 「ケイタ! あっおはよー♪ドラム、準備完了であります!」 とミノルはケイタに敬礼したのだ。 「ミノル……今の歌は……」 ケイタはドアを開けた姿勢のまま聞いた。 「えっ? いっ…いや!歌!? 歌ってないよ!?なにも…!!」 ミノルは慌てふためいていた。 実は音楽部の部員はミノルの歌を聴いたことがなかった。 ミノルはいつも活動時間が終わる30分前にはもう片付けを始めているからだ。 部員の間ではミノルは音痴で誰にも聴かれたくないからそうしているという噂まであった。 それをミノルは知っていたので部員の前で歌うことは避けていた。 注目されることがあまり好きではなかったから。 ミノルは自分が好きな時に1人だけで歌うことを楽しんでいた。 「ミノル… もう一度歌ってくれ。」 「いや…だから歌ってなんか…」 ミノルはうつむいて口ごもった。 すると、ケイタはドラムセットに腰掛け、ドラムを叩き始めた。 テンポは速め。 正確に、繊細に、遊んでいるようだった。 ミノルは軽快なリズムと身体中を振るわせる重い衝撃を感じて、 目を閉じた。 酒場。 妙齢の男性と女性がほろ酔いでダンスを踊る。 男性達の笑い声に女性達のはしゃぎ声、夜の月と連なるランプが作り出す活気溢れる小さな酒場。 ミノルの瞼の裏に生み出された世界、知らないうちにミノルはそれを形作っていた。
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