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好きになるきっかけなんて曖昧なものだ。初めて彼に話しかけられたあのときだったのかもしれないし、初めて彼を馬鹿だと思ったあのときだったのかもしれないし、初めて彼に怒られたあのときかもしれない。覚えていない。大切なことのはずなのに覚えてないのは、自覚がなかったから。私が彼を好きになるはずがないと思っていた。だから気付かなかったし、気付いた瞬間は凄く驚いた。自覚したときは。その衝撃は印象的で、はっきりと覚えている。
「俺ってもてもてー。いやー、参ったね。人を恋に落とすのが罪だとしたら、俺って重罪人の極悪人で地獄行き確定じゃん」
へらへらしながら彼は私たちに自慢する。みんなは、はいはい、と適当にあしらう。
「また告白されたの?てゆーか、そんなこと言ってもどーせあんたいつも付き合わないじゃん。ふってばっか。かわいそ」
私は呆れながら彼に毒づいた。みんなも、おまえなんかに何のプライドがあんだよ、と笑う。彼は依然、へらへらしたまま。
「いやー、それが今回はどうもそうはいかないんだわ。付き合おっかなーとか思っちゃってたり」
…………。
みんなが驚いていたが、一番驚いていたのは私だろう。呼吸すら止まりそうだった。
「だってさー、今回の子は結構かわいーんだよ。目がくりくりってしててさっ」
みんなは、しょーもな、と笑った。私は真剣に「最低」と吐き捨てた。彼は笑い声の中から私の声を拾い、食いつく。
「最低?女の子の気持ちを踏みにじるほうが最低でしょ」
「いつも踏みにじってるくせに、顔だけでオッケーすんなって言ってんの」
彼は目を丸くした。私の顔がそんなに怖かったのだろうか。
ばつが悪そうに目を逸らし、へらへらさせていた顔を真剣に変える彼。おふざけではない、本当の理由を白状する。
「断ろうとしたけど……なんか、泣かれた。…………から」
みんなが呆れ返った。今まで何人も断り続けてきた彼を落とした理由というのがあまりにも簡単過ぎたから。
泣かれたから。
泣きたくなったのは私だ。
そんなくだらない理由でどっかに行かないでよ。
いなくなっちゃやだよ。
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