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男は髭を蓄えて地味な外套を着ていた。本棚に背をもたれて俯いている。私が発てた音に反応に顔をあげ、私に気が付いた。
はっと眉毛に埋もれそうな目を見開いて、そのまま困ったように眉間に皺を寄せた。
「ミルハウザ夫人! もうおいででしたか」
私はミルハウザ夫人ではないが周囲を見回すと他に人はいない。
どうしたものか、と思っていると男が静かに近寄ってきて手を差し伸べた。
「まだ時間には早いですが、その格好では寒いでしょうから早く参りましょう」
なんだかよくわからないけど、まあいいやという気持ちで差し延べられた手に応えようとしたら、おかしな事に気が付いた。
私は確かに制服を着ていたはずなのに、袖がなく肌があらわになっているのだ。
あわてて自分の体を見ると、いつの間にか青いドレスに身を包まれていた。
海の底みたいな濃い青のドレス。困った気持ちよりも弾むような興奮の方が強く、そんな気持ちを冷ますように腕がひんやりとしたかと思うと、雪が降り始めていた。
上を見ると粒の大きな雪が降りしきっているにも関わらず夜空は晴れていた。
「雪が降ってきました。さあ、早く」
男は私が勝手についてくると思ったのか、手をひっこめ、いつからか停まっていた小さな車のドアを開いた。
「さあ」
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