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誰もいない教室で私は一人佇んでいた。
卒業式と書かれた黒板。
小さな相合い傘が書かれた柱。
校舎裏で好きな人から第二ボタンを貰う友人を待つ間、私は柱や机にこっそり書かれた落書きを見て歩いた。
教室の隅に油性ペンが落ちているのを見つけ、ふと何か自分も書いてみたいという欲求に駆られる。
何を書こうか思案していると、教室の扉がガラガラと音を立てて開いた。
「…こんにちは」
「こんにちは」
昨日まで隣りの席だった無口な男の子。
ほとんど話したことが無かったから、卒業したというのによそよそしい挨拶をしてしまう。
「何しているの?」
柱の前でしゃがんでいる私の元へ静かに歩きながら、彼は尋ねた。
「…私も記念に何か落書きしようと思ったんだけど、書くことがないの」
そう答えた私の横にしゃがんで、彼は柱に書かれた相合い傘を見つめる。
夕日が横顔に当たって神秘的に輝く。
落書きを見つめた後、ゆっくりとまばたきをして私の方を向き、彼は僅かに微笑んだ。
「…じゃあ相合い傘に俺の名前を書いてよ」
魔法がかかったかのように空気がピタリと固まって、私の中に入らなくなる。
もしかしたら本当に魔法を使ったのかもしれない。
きっと書く相手がいない私に気を使ってくれたのだろう。
そうわかっていても思わず目を見開いた。
目を見開いたまま固まる私を見つめ、彼の薄い唇がまた開いた。
「2人だけの秘密だよ」
大きな手が私の手にあった油性ペンをゆっくりと引き抜き、柱に相合い傘で私と彼の名前を書く。
そして静かに微笑み、私のセーラー服のスカーフをスルリと取った。
一気に燃えるように真っ赤になった私の顔は、夕日でごまかせているだろうか。
ドクリドクリと心臓の音がうるさく波打つ。
「好きな女の子からは、スカーフを貰うらしいよ」
じゃあ、また。と教室のドアに手をかけると、彼はあっという間に教室から出て行った。
魔法が解けた冷たい空気がどっと私の中に入る。
100mを全力疾走したような気分だ。
それから友人が帰ってくるまでの4分間、私は一人教室に佇んでいた。
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