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 ――妹が自殺した。  休日の昼日中。いざ昼食を作らんと台所に入り、冷蔵庫を弄っていたところに飛び込んできた突然の一報だった。電話してきたのは父親。詳細を告げるその口調はひたすらに事務的だったけれど、そこは家族だ。今すぐにでも泣き喚きたい気持ちを押し隠しているんだろうと、平生より僅かながらに低い声音から察せない訳がなかった。相槌もそこそこに父の言葉に耳を傾けていると、程なくして学校の屋上から飛び降りたということと、遺書が残っていなかったことを知らされた。俗に言う、飛び降り自殺。電話口の向こう側からは、我慢をする気もないのか大声で泣き叫ぶ母の慟哭も聞こえてきた。その後、今後の対応や現状について話し、伝えるべき事項を伝え終わった父は「気持ちを落ち着けたらでいいから、病院に来なさい」と、最後にそう言い残して電話を切った。  一定のリズムを刻む無機質な機械音を耳にしながら、僕の心内はただただ冷静だった。出し抜けの出来事に思考の整理が追いついてないだけなのかも知れないけれど、少なくとも今は〝妹が自殺した〟という情報しか頭には残っていなかった。悲しさも、哀しみも、虚脱感も、驚愕も、自分の中で不思議と生まれてこなかった。  別に、妹との仲が特別悪かった訳でもない。寧ろ、そこいらの兄妹よりかは余程も良好な仲だった筈だ(と、少なくとも僕は記憶している)。容姿に優れ、血の繋がりを疑いたくなるくらい頭脳明晰で成績優秀。おまけに趣味で始めた新体操もいつの間にか都大会の上位に入るほど運動能力も抜群だった自慢の家族。明朗快活な性格が幸いして友人も多く、中学の時には生徒会長も務めていた自慢の妹。二つ違いと歳も近く、妹が所謂〝お年頃〟になるまでは勉強を教えてやったり一緒に買い物に行ったり、それこそ近所では有名な仲良し兄妹だった。「私の部屋に入らないで!」だとか「私より先にお風呂使わないで!」だとか、色々と邪険にしてはいても、僕の誕生日にはしっかりとプレゼントを用意してくれたり、大学受験用の御守りを作ってくれたりと、兄の僕からしてみれば微笑ましく、愛しい妹だった。  その妹が死んだ。飛び降り自殺だ。  それなのに涙の一つも零さず、あまつさえ悲哀の感情を一つとして覚えないときた。人として、兄として、些か薄情すぎはしないだろうか。心中で何度となく自問しようとも、答えは一向に出てこなかった。
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