恋しい。

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「そういえば、知ってます?」 数日後の、仕事終わり。 あたしたちは計画的にシフトを合わせ、恒例の自宅飲み会をしている。 なぜかいつも、あたしの部屋。 メンバーは佐知とケイちゃんだ。 缶チューハイをちびちび飲んでいたケイちゃんが突然大声を出したので、あたしも佐知も肩が震えてしまった。 「なに?」 「ケイちゃん、声デカ」 「すみません」 ケラケラ笑う佐知に謝ってから、ケイちゃんはあたしをチラッと見る。 「遠野さん。 結婚したらしいですよ」 遠野さん。 あたしの元彼。 あたしの愛したひと。 惟鷹とあたしをマスコミに売ったひと。 ……全部、もう過去の話。 「結婚かあ。 いいなあ」 彼氏ができたばかりの佐知が、夢見心地でうっとりつぶやく。 「今朝、店長と佐々木さんが話してました。 ふたりが同時に有休取って困った日、ありましたよね。 あれ、遠野さんの結婚式出るためだったんですって」 すっかり職場でも情報通になったケイちゃんが、スラスラと話す。 「ああ、あったね。 あれはキレたわ。 回らないっつーの」 佐知が回想して、今度は表情を険しくした。 忙しい子。 「……富樫さんは、悔しいとかないんですか?」 スパッと尋ねられて、一瞬言葉に詰まる。 佐知も、好奇心丸出しの顔で身を乗り出してきた。 あたしは手にしていたワイングラスを置くと、ふたりを交互に眺める。 同じ顔。 思わず吹き出しながら、口を開いた。 「はっきり言って、なにも感じない。 もう終わったことだし。 遠野さんが幸せになってくれたら、それでいいんじゃない?」 真実だ。 彼は最後に「お幸せに」 と言った。 だったら、あたしも同じ台詞を返すだけだ。 「大人発言っ」 「富樫さん、やっぱりカッコイイ」 ふたりが口々に褒め讃えてくれる。 本当は、大人でもなんでもない。 ただ、彼しか見えないだけ。 ほかの男に興味がないだけ。 彼に恋するあたしは、とても単純で明快な女。
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