恋しい。

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「まだわからないよ。 オーディションに行くの」 「オーディションかあ。 でもすごいことじゃない?」 「うん。 この間、単館映画に出たじゃない? それをたまたま観たイギリスの監督が、次回作のオーディションに誘ってくれたんだって。 ギチギチのスケジュール、無理やりこじ開けて行くみたい」 「へえ……すごいじゃん。 すごいしか言葉が出ないけど」 目を輝かせて佐知が笑うので、心からの言葉とわかる。 それ以前に、佐知は嘘はつかない直球の子だ。 「うん」 うなずく自分が笑顔になるのに気づく。 他人に話すことで、あたし自身も喜んでいることを知る。 人間て複雑。 嬉しいなら、嬉しいだけでいいのに。 哀しいなら、哀しいだけでいいのに。 なぜ感情は、ひとつずつ現れてはくれないのだろう。 なぜあたしは、嬉しいくせに切なくなるのだろう。 ねえ、惟鷹。 あなたの感情も、同じなの? 「……オトコの匂いがする」 突然、寝ていたはずのケイちゃんの声。 佐知と飛び上がって振り向くと、かわいい後輩は眠ったままだ。 「どんな寝言だよ。 オヤジみたい」 佐知がそう言って笑い出す。 「……いいなあ、タカシ……」 またむにゃむにゃとケイちゃんが言う。 彼女も、もうあたしの彼の正体を知っている。 「どんな夢見てんだよ。 エロケイ」 佐知が涙を流しながら笑うので、あたしもつられて笑ってしまう。 ケイちゃんのおかげで、少しだけ浮上できた気がした。
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