苦しい。

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「いつも俺の都合でごめんね」 彼の「ごめん」を、この三年間で何度耳にしただろう。 すべて仕事のせい。 惟鷹は悪くないのに、いつも律儀にごめんと言う。 それが辛い。 「謝らないで」 また泣きたくなる。 涙腺が緩くなったのかな。 これくらいで泣く女にはなりたくないのに。 堪える。 泣かない。 彼の指が、確かめるように輪郭をなぞっていく。 涙がないのを確かめるように、目尻にそっと触れた。 「仁美がミニチュアだったら、ポッケに入れて持ち歩くのに」 いきなり変なことを言い出すので、感傷も忘れて吹き出してしまう。 「なに言ってんの」 「結構本気だよ? いつも一緒にいられるじゃん」 「確かにそうだけど、でも」 あたしは手を伸ばして、暗闇に慣れ始めた視界に浮かぶ彼の頬に触れた。 ビクッと彼の肩が反応したのがわかる。 「そうしたら、こうやって触れたり、キスしたり……できないよ?」 直後、強引な角度で一気に呼吸を奪われた。 理性をなくしたようなキス。 切羽詰まった男の欲望剥き出しの、荒々しいキス。 いつも優しい彼でも、こんなになることがあるんだ。 初めて知った。 嬉しい。 唇が離れたときは、お互いに肩で息をしていた。 距離が近すぎて、息がかかる。 グリーンアイズが闇に光る。 「今夜は我慢してクールに去りたかったのに。 もう無理。 限界。 仁美が悪い」 駄々っ子みたいな言い訳。 テレビではいつもクールなくせに。 「我慢してなんて誰も言ってない」 「挑発すんなよ」 いつになく力強い惟鷹の腕が、あたしを奪う。 まるでこれが最後みたいに。 もう二度と、触れないみたいに。
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