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クリスマスを目前に、彼はイギリスに旅立った。
トランクひとつを道連れにして、あたしの部屋から。
笑顔で見送った。
あたしにはわかる。
これが、彼の転機となること。
俳優としての彼の人生を、より高みに引き上げていく牽引力となること。
応援するべき。
ただ、喜ぶべき。
きっとそれが正しい。
いまの関係を維持するためには、それが正しい。
でも。
出発前夜の、いつになく取り乱した彼の姿。
壊すようにあたしを抱きしめた腕。
湧きあがるような微熱と共に思い出す度、悟ってしまう。
彼もなにかを感じている。
三年間、進退もなく確立されてきてしまったあたしたちの関係。
海外からのオファー。
彼もなにかを感じている。
帰国したとき、これまでと同じではいられないこと。
きっと、感じてたと思う。
彼が決断できないのなら、あたしが決断すべきなのかもしれない。
彼を愛しすぎて苦しい。
それでも、彼の幸せを願うのがあたしの役目。
彼の最良を祈るのがあたしの役目。
ねえ、惟鷹。
あたしを嫌いにならないでね。
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