愛しい。

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自らの手で流すクリスマスソングが胸に痛い。 心が軋む。 クリスマスショーも、明日で最後。 そう。 今日はクリスマスイブ。 あたしが一年で最も寂しさを噛み締める日。 世間の恋人達にとっては、寄り添い愛を確かめる日になるのだろう。 わかってる。 こんな想いをしているのは、決してあたしだけじゃない。 クリスマスイブに恋人と会えないひとなんて、ゴロゴロいる。 クリスマスイブに好きなひとに会えない片想い中のひとは、それこそ数え切れないほど。 でも、女って欲張り。 誰もが主役じゃなくて、自分が主役になりたいの。 この特別な夜を、特別に過ごしたいの。 サンタクロースはこない。 彼の入ったプレゼントの箱は現れない。 わかってる。 だから、もう夢は見ない。 願わない。 あたしはこの先ずっと、寂しいクリスマスを送ることにする。 叶わない夢を望むより、叶う夢を実現させたほうがいいに決まってる。 そうに決まってる。 「失礼しまーす」 ショー前の待機中、PAルームにケイちゃんが入ってきた。 あたしは暗い思考を慌てて打ち消し、頭を切り換える。 いまは仕事に集中するべき。 「次のショー、見学させて下さい。 そではひと足りてるんで、大丈夫だって佐々木さんが」 ワクワクした面持ちで、あたしの脇までやってくる。 「わかった」 「クリスマスショーはここで見られないと思ってたから、感激です」 ケイちゃんが興奮気味に言う。 本当に、PAをやりたくて仕方ないのだと伝わる。 自分を見て志してもらえることが、純粋に嬉しかった。 内線が鳴る。 「はい」 『準備オッケーです。 お願いします』 MCの女の子の元気な声に、いつもの緊張が全身を覆うのを感じた。 「お願いします」 短く返し、受話器を戻す。 小さく深呼吸をして、あたしは指先に神経を集中させた。 ゆっくりと音を絞る。 店内のざわめきが止み、一瞬の静けさ。 さあ、ショーの幕開けだ。 あたしの指ひとつで、この小さな世界はくるくると動き出す。
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