寂しい。

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「今年のCD、いいですね」 PAルームに入ってくるなり、ケイちゃんがウキウキ声で言った。 彼女は大学を無事卒業し、いまではあたしの後輩になっている。 なぜだかあたしに憧れを抱いたらしく、同じPAを目指して目下修行中。 あたしは言わば、かつての遠野さんの立場となったわけだ。 「そうね。 お客様にも好評みたいよ」 「でも富樫(とがし)さんには不評?」 「……え?」 あたしが驚いて固まると、ケイちゃんはクスクス笑った。 「めちゃめちゃ顔に書いてありますよ。 富樫さん、誰にも見られないからって顔に出し過ぎです」 「やだ」 確かに、いま考えていたことを思えば、明るい顔は決してしていないだろう。 「曲が嫌いなわけじゃないのよ。 ……クリスマスがいやなだけ。 ケイちゃんがショーも全部やってくれたらいいのにって思うわ」 いまはクリスマスショーの真っ最中。 そんな素敵な気分になれないあたしより、粗削りでもケイちゃんのほうがきっといい音を出せる。 「無茶言わないでくださいよ。 あたしのデビューは年明け以降って、もう決まったじゃないですか」 焦ったようにケイちゃんが両手を振る。 見ていたら、沈みがちな心も少しだけ浮上していく。 彼女はマスコットのような存在で、いるだけで場が和むような独特の雰囲気を持っている。 芸能通でキャピキャピしているイメージが強いせいもあるかもしれないが、この職場では貴重な子だった。 あれからあたしたちはさらに親しくなり、いまでは佐知とふたりで部屋に押しかけてくるほど。 「まだまだ先輩にお任せします。 一年で一番盛り上がるショーだし」 「わかってる。 冗談よ」 「富樫さんて、プライベートが仕事に全然影響しなくて、尊敬します」 「普通でしょ」 「そう言えちゃうとこがまたカッコイイんですよね」 崇拝されるのは、なんだかくすぐったい。 不特定多数のひとからそれを受け止め続けている惟鷹は、本当に強いと思う。 「……ところで、用件は?」 あたしが訊くと、ケイちゃんはハッとして手にしていた冊子を掲げた。 「これです。 お正月の台本」 また編集作業か。 あたしは微笑んでそれを受けとった。 あたしも彼も、役割こそ違えど台本を必要とする仕事をしている。 その小さな共通点が、寂しさを僅かな喜びにシフトする。
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