孑立

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 世界が幾分、私の思っていたそれよりも、綺麗に見えた。奄然と広がる、夜の闇が、嘩すしき街の冷たき喧騒を、悉皆、掩蔽してくれているようにすら感ぜさせしめた。眼鏡を買いし、さる時も、世界が皎潔であるが如き錯覚を覚えた。が、次の瞬間世界は暗転し、靄の取り払われた凄惨たる虐殺が、そこに忽然と姿を表した。  また、この感覚だ。何かは解らぬ強圧に、鳥瞰されているかのような。疲れであろうか。最近は頗る忙しかったが為か、疲れが出たのかもしれない。眼鏡をたまには外してみようか。  朝霧が如き凡にして美しきそれは、遍く悉くを祝福するかのように、全てを受け入れるような寛容さすら見せ乍ら、唯々、延々と、拡がって行く。  絢爛たる不可視の闇の遮蔽に囚わた者が、一度、唯の一度でも闇の深淵を覗こうとすれば、虎視眈々と狙いを定めたそれが、君を忽ちの内に虜にするだろう。  霧に因って全てが掩蔽されるならば、それは耿々たる現実であろう。然し、視界が一度拓ければ、そこは、蒼穹の下屍ののた打ち回る理想郷へと一転する。  知りすぎてはいけないねぇ。そうだよ、何も知らない方がいい。何も見なかったことにすればいい。  ワルツの様に、警笛が、楽しげに、それは楽しげに響動もされた。
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