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少女が最後に思ったのは、あの金色の陽が照っていた午後に戻りたいということだった。こんなことになる前に家族や先生と過ごしたあの日々が急に懐かしく思える。これが、死ぬという感覚なのだと彼女は覚った。
少女は咳き込むと真っ赤な液体が地面をぬらす。
眠たくなる目を必死で開けると、そこには少女の小さな手を握りながら必死な顔をしている男性――先生がそこにいた。歳はおそらく二十代前半、髪は焦げ茶色でエメラルドグリーン色の瞳からは涙がずっと流れている。
「___、しっかりしてくれ。まだ君に聞かせたい物語の続きがまだあるんだ!お願いだ、目を開けてくれ」
先生は必死に少女に話し掛ける。いつも着ている服もアイロンのかかったスーツもワイシャツも黒くくすんでいてよれよれだ。
――もしも、もしも神と云う存在がこの世にいて、今私が願った願いを叶えてくれるというならお願いしたいことが一つだけあるの。先生が作り出したあの物語へ、私を連れて行ってはくれませんか。私が今生きてきた世界とは違った考えを持っているへんてこな動物たちがいるあの世界。この退屈だった日常を変えてくれた世界へと。
少女は薄れゆく意識の中、願い続けた。
まだ、自分の手を握り続けている先生には申し訳ないが、自分の人生はここで終わりなのだ。だから、次また生まれてくるとしたら先生の空想から生まれた世界に生まれたいということが彼女の願いである。
少女は最後に自分の隣で必死に泣き叫ぶ先生を見て笑った。
「せ、ん……、せ。また、わた、しに、おはな、しきかせ、てね。やく、そく……よ」
一言一言、声がかすれながらも少女は言葉を紡ぐ。先生は涙を堪えながら頷いた。
「もう……、喋らないでくれ。君との約束は必ず守るよ」
先生は少女の手をギュッと握ったが、彼女が彼の手を握り返すことはなかった。彼女は青い空に片手を伸ばし、静かに目を閉じた。
これを最後に少女はこの世を去ったのである。
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