神神の微笑

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  ある春の夕ゆうべ、Padre Organtino はたった一人、長いアビト(法衣)の裾を引きながら、南蛮寺の庭を歩いていた。 庭には松や檜の間に、薔薇だの、橄欖(かんらん)だの、月桂だの、西洋の植物が植えてあった。 殊に咲き始めた薔薇の花は、木々を幽かにする夕明りの中に、薄甘い匂を漂わせていた。 それはこの庭の静寂に、何か日本とは思われない、不可思議な魅力を添えるようだった。 オルガンティノは寂しそうに、砂の赤い小径を歩きながら、ぼんやり追憶に耽っていた。 羅馬(ロオマ)の大本山、リスポアの港、羅面琴(ラベイカ)の音、巴旦杏(はたんきょう)の味、「御主(おんあるじ)、わがアニマ(霊魂)の鏡」の歌―― そう云う思い出はいつのまにか、この紅毛の沙門の心へ、懐郷の悲しみを運んで来た。彼はその悲しみを払うために、そっと泥烏須(デウス…神)の御名を唱えた。 が、悲しみは消えないばかりか、前よりは一層彼の胸へ、重苦しい空気を拡げ出した。 「この国の風景は美しい――。」
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