406人が本棚に入れています
本棚に追加
午後二時。遅いお昼休みを戴いてベンチに腰掛けて、今朝家政婦さんが作ってくれたベーグルのサンドイッチを食べていた。
突然、すごい勢いで見知らぬ少女が近づいてきた。二十歳くらいの可愛らしい女の子だ。彼氏らしい男の子が少し遠くで苦笑いをし見守っている。荷物を持たされて。
血相を変えて近づいてきた彼女に、私は全く見覚えがなかった。
「こんな所で何してるんですか?」
彼女の質問は攻撃的で理解できない。写真が撮れないことを怒っているのだろうか?
「ええと…、只今お昼休憩を戴いております」
「は?なに言ってるんですか?意味わかんない。そうじゃなくて、なんであなたが此処にいるのか聞いてるんです」
私は益々混乱する。意味がわからないのはこちらのほうだ。
「こちらで仕事させて戴いておりますが…。お客様何かご用でございますか?」
「仕事って……、タケルは?タケルを捨てたの?あなたいつもタケルの家に来てたじゃない。なんで今此処にいるの?」
「タケル…とおっしゃいますと?」
思わず彼女を見守る彼を見る。彼がタケルだろうか。しかし彼にも見覚えはない。
「西嶋猛。知らないとでも言うつもり?私は何度もこの目であなたを見てる。あなたタケルがモデルにした人でしょ?」
西嶋猛。あの西嶋か。
フルネームで聞いてようやく合点がいく。
あの時の私たちに名前なんてものはどうでも良かった。
「…ええ。たしかに西嶋さんのモデルならさせていただきました。でも、どうしてー?」
あなたがそれを知っているの?と聞きたかった。
「どうして?バカにしてる。タケルをたぶらかして楽しかったですか?あなたのせいでタケルはー。」
そう言うと彼女は言葉に詰まった。
そして唐突に、
「タケルを愛していますか?」
と、まっすぐ目を見て聞いてきた。意志の強そうな瞳だ。
「西嶋さんを?…いいえ。けど…、たぶらかしてなんかいないわ。お付き合いはしていたけど、もう別れたの」
少女の気迫に、私は正直に答えることしか出来なかった。今は、何の関係もないと言いたかった。
その答えを聞いて、少女はとても悲しい顔をした。
「タケルを捨てたんですね。…タケルは本気だったのに」
その表情で全てを悟った。彼女こそが西嶋猛を愛しているのだと。西嶋にとても近い存在なのだと。だからこそ私を知っていたのだと。
最初のコメントを投稿しよう!