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あの話から半年後。
すぐに準備が整い、末娘のリナリアは黒猫1匹だけ連れてトイバスへと輿入れした。
侍女は誰一人連れていくことはなかった。トイバス側がやんわりと遠回しに拒否の書簡を送って来たのだ。
その書簡に激怒することなく父王は快く了承した。
初めて訪れた国。初めて目にした異国の風景。
そして初めて見た夫となる人物。
会った瞬間から相手は、にこやかに笑みを絶やさず優しく話しかけてくれた。
初めてだった……初対面で自分を見ても態度を変えることなく微笑んで接してくれた人は……。
それは父王や姉夫婦が滞在している間も同様で、にこやかに対応し、私にも嫌な顔一つしなかった。
声と力をなくしたあの日から人として扱われることが少なくなり……ひどく緊張していた。だけど、この人となら一緒に歩んでいけるかもしれない。
……そう思った。
そして、初めて二人になる夜……怖くないはずがない。
結婚式の間は、2人の周りには常に人がいて、夫となる人物と2人きりになるのは、これが初めてだった。
不安で押しつぶされそうだった。笑顔を浮かべている人間が必ずしも良い人ではないのだから。
丸い月夜を眺め、緊張で倒れそうになるのを何とか堪え決意を胸に慈しむように指にはめている指輪に口づけをする。
――――その時扉が勢いよく開く音が聞こえた。
身体を強張らせ振り返る。
そこには、夫となる人物、スカイが立っていた。
ブラウンの髪に、髪より深いブラウンの瞳。端正な顔立ちは王子の条件をすべて持っていた。世の女性達を虜にする笑顔も魅力的だそうだ。
それは、結婚式の最中にも感じられた。
嫉妬と見下した視線。
私のせいじゃないのに……。
これからも、あの視線を毎日感じるのかと思うと体が震える。
でも、そんな心配はないのかもしれない……式の最中に与えられたスカイの優しい笑顔。それに安堵したのも事実だった。
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