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「こんにちは」 少年は努めて紳士に、口元には柔らかい微笑を浮かべてみせた。 少女は、鉛筆を走らす手を止めて顔を上げる。 始めて視線がぶつかり合った。 少年の短くて色素の薄い髪。優しげだけど、魅力的で引き込まれそうな瞳。 少女は、少年を知っていた。 「何か用?……2年A組、片林優也くん」 少女は眼鏡をくい、と上げてほころびそうになる口元を隠した。 優也は、一瞬驚いたように目を見開いた。 「僕を知ってたの?」 「……まあね。あなたは、有名人だから」 少女は気にとめる様子を全く見せずに言い切ると、再びノートに鉛筆を走らせた。 目をノートに向けたまま、少女は聞いた。 「それで、何しにここへ通ってたの?」 「え?」 「ただ本を読みに来てたわけじゃないんでしょ?」 顔を上げて、わずかに微笑んで優也を見る。 優也は開いていた本を閉じると、参ったなという顔をした。 「気づいてたの?」 「なんとなくね。だって、あなた私の事ばっかり見てた」 優也はくしゃくしゃと頭をかいている。 少女は微笑んだ。本当に慈愛に満ちた顔で。 優也は少女の微笑みに我を忘れた。 「あなたの目的は、これね? 演劇部副部長さん」 少女は今までひたすらに鉛筆を走らせていたノートを手に取って、優也に見せる。 「君は単刀直入なんだな」 苦笑いして、優也は言った。少女の顔から笑顔は消えた。 「あなたと雑談する時間がもったいないもの」 「じゃぁ、僕が君になんて言いたかったかも分かってるんだろ?」 「答えはNOよ。私は愛好会にはシナリオを書くけど、あなた達演劇部には書かない」 少女はノートを鞄にしまった。 「どうして?」 「飼われるのはごめんなの」 少女は微笑んで席を立つと足早に図書室から出て行こうとした。 「ちょっと待って」 少女の腕を優也が掴むと、少女は簡単にバランスを崩した。 優也はとっさに少女を受け止める。 少女は驚いた顔をした後、優也に微笑んだ。 「ありがと」 「……あ」 優也の腕の中からするりと抜け出すと、軽やかに図書室から出て行った。 優也はしばらく少女の居なくなった扉の向こうを見ていたが、我にかえるとしゃがみこんで頭を抱えた。 「あー……何してんだろ僕」 一人ごちてから、鋭い視線を感じて顔を上げると、図書委員の男子生徒が睨みつけていた。 優也は長机に戻ると、本を持ち図書委員に差し出した。 「貸し出しで」
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