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次の日、翠が図書室に行くと、いつもの席の斜め左に優也が座って本を読んでいた。 翠は黙って近づいて、いつもの席に座った。 優也を見るが、優也は本を真剣に読んでいるみたいだった。 翠はいつものように、ノートと筆記用具を取り出した。 「スタニスラフスキーシステムってさ、もう古いと思う?」 翠は優也をはっと見た。優也は本から目を離さないまま言った。 「僕は古いとは思わない。でもこのシステムを現代にそった形の新しいメゾットも必要だと思う」 「……いきなり何?」 「君、芝居が好きだろ?」 優也は本から顔を上げて、にっこりと微笑んだ。 翠はうろたえた。 「……もう、ここには来ないものだと」 「まぁね。君がシナリオを書いてくれたら来る理由もなくなるよ」 「気持ちは変わらないわよ」 優也は肩をすくめた。 「ま、それならそれでいいさ。 僕も勉強しにここへ通う」 「あなたはここで勉強する必要ないくらい、頭いいんじゃなかったの?」 優也が笑った。 「普通の勉強はね。でも芝居は違う」 「リー・ストラバーグは読んだ? スタニスラフスキー理論を加えた、より具体的かつ有効なシステムよ。 スタニスラフスキーとは、また違う所もあるけど」 優也は本を閉じて、身を乗り出した。 「やっぱり。君は芝居が好きだ」 翠は無表情に鉛筆を取った。まるでうっかり喋った自分を恥じるように。 「芝居はしないの?」 「……あなたには関係ないでしょ」 「………チェーホフとシェイクスピアならどっちが好きなの?」 「……チェーホフ」 「やっぱり!何が好きなの?」 「かもめ」 翠は答えてから、はっとしたように口を押さえた。 「忘れて」 鉛筆を走らせようとした時、優也が台詞を口にした。 「わたしはかもめ……いいえ。そうじゃない」 「私は女優……そうよ」 気づくと、翠は優也と声が重なっていた。 「わたしはかもめよ。でも今は耐えるしかないの」 「……女優じゃなく?」 翠は優しく微笑んだ。 「そう。私はかもめ。いいえそうじゃない……ただのシナリオ書きよ」 最後を冗談ぽく言ってみせると、優也が笑った。 「君のシナリオ、めちゃくちゃ素敵だよ」
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