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「……………ちょっと、」
「………………」
「……………ちょっと!」
「っ、はぃ!?」
「あんた、さっきからウロウロ…あんたがオロオロしても何も変わらないでしょ?」
「…あ、はぃ…」
沙羅さんに一喝されて俺はストンとベンチに腰を下ろした。
もう、かれこれ数時間はこんな調子で沙羅さんに何度もたしなめられていた。
わかっている。
俺になにかできることがあるわけでもないことは。
でも、
「…落ち着かない…」
俺は深く深くため息をついた。
そんな俺を沙羅さんは笑って背中をトントンと叩いた。
「大丈夫よ。」
「……はぃ。」
俺は、少し笑って頷いた。
あの日から、目まぐるしく日々が過ぎていった。
新しい家に二人で引っ越して、明日香の実家へ挨拶にもいった。
あの、拳で殴られたときの口のなかに広がった鉄の味はしばらくは忘れられそうにない。
俺はなにげなしにほほに手を当て、笑みをこぼした。
「やだ、なーに?気持ち悪いわね、にやにやして。」
「や、べつににやにやなんかしてな…」
――――……‥
「あ、」
「っ…」
微かに耳に届いた、その声は、俺の胸を痛いくらいに締め付けた。
長い、長い、闇の中にさ迷いながら、光のある場所へ導いてくれたそれは、
今。
処置室のライトが消えて、額にわずかな汗をにじませながら、現れた看護師は微笑みを浮かべながら俺たちのそばへゆっくりと歩み寄ってきた。
その腕に抱かれた小さな小さな宝物。
俺と、明日香の想いがホンモノだという証。
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