プロローグ

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三月の冷たい風が、下り坂を歩く青年の頬を撫でる。 身長は百七十後半。 後ろ姿は、どこにでもいそうな高校生の男子だ。 黒い髪に、少しだけ青みがかった黒色の目。 白い吐息を吐きながら、見慣れた近所の家々を目端に捉えて、家に向かう。 高校も春休みに突入しており、少ない休日を楽しむ高校生たち。 それはこの青年も例外ではなく、先程まで友人宅で遊んでいた。 (寒っ…。もう少し早めに帰っとけば良かったな~) ポケットに手を突っ込んだまま、体の芯に浸透してくる寒さに身震いする。 日が落ちる時間もまだまだ早く、六時だというのに辺は暗くなり始めていた。 その時、青年の頭に浮かんだのは、家の長である母の顔。 最近、少し帰りが遅い青年に対して、今朝も注意していたのだ。 (これで小遣い減らされるのは流石に…) 帰りが遅い父に代わり、母が昼間は家の実権を握っている。 いや、実権だけじゃなく、家の貯蓄も握られている。 高校生になると、中学の時とは違い簡単にお金が飛んでいくようになってしまった。 中学の時は陸上部に所属していたため、お金を使う機会がほとんど無かった。 だが高校生になった現在は、帰宅部。 中学の束縛から解き放たれた衝動で、財布の口が軽くなってしまった。 その事にようやく気づき、来年度…つまり四月から気をつけようと決意している。 (せっかく財布の口を固くしようと思ったのに、中にお金がないんじゃ意味がないよな…。いや、逆に金を使わなくて良くなるか?) などと考えるが、バイトをしていない彼にとって、小遣いを減らされる事態だけはどうしてでも避けたい。 (しょうがないか) そこで青年は進路を変更。 滅多に使わない近道を通り抜けようと考えたのだ。 子供の頃よく使った公園を横切り、林道の獣道をまっすぐ抜ける。 獣道といっても、子供の頃何度も使って帰っていたために、いつの間にかそのような形になっていた。 夕日の橙色が薄れていく空。 公園の外灯が灯り、頬に伝わる寒さが、一層増した。 小遣い欲しさという、気まぐれで選んだ選択。 だが、この時の選択が、彼――薙原蓮の平穏な日常を崩していく。
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