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あたしは頭の隅でそんな事を思いながら、ドコドコと喧しい心臓を宥めすかした。
「大丈夫?」
そして心配そうな栗原さんに、しどろもどろで説明する。
「だ、大丈夫です。えっと、すみません、その日はあいにく、予定が入ってて、ですね」
すると、栗原さんの口から小さなため息が零れた。
「そうか……残念だけど、仕方ないね。じゃあ、代わりに当日までの手伝いをお願いしたいんだけど、どうかな?」
栗原さんはそう言いつつ梨じぃの方を窺う。
「あぁ、構わないよ。桃瀬くんの分の仕事は、こちらで調整しておくから」
にこやかに頷く梨じぃに、栗原さんは「宜しくお願いします」と一礼した。
「じゃあ、桃瀬さん。早速なんだけど、仕事の内容を説明するから、一緒に来て貰えるかな?」
「は、はい!」
あたしは栗原さんを追い掛けるように部屋を出た。
オフィスの廊下、少し前を歩く栗原さんを、これ幸いとばかりにじっくり観察する。
わー、膝下なっがーい。靴ピカピカー。
着てるスーツもさ、同期の新卒くん達とは違って様になってるし、大人の男ってカンジ?
あ、そういえばさっきの香り。使ってる整髪料かなぁ、もしかしたら香水かも。
期間限定とはいえ、この姿を近くで拝めるのはラッキーだわ。
くふふと、あたしはすっかり浮かれ気分でほくそ笑んだ。
この後、そんなものは跡形も無く吹っ飛ぶなんて事も知らずに……。
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