第二章 白の森

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「私もね……正直驚きましたよ。ここは以前から凶暴な動物が集まる森でしたからね。十二年前のあの日、モルツの街へ布地を買いに行っていたんです。忘れもしません、あの絹の見事な白さを。妻にね、プレゼントがしたくて、妻のために私がドレスを仕立ててあげたくて、はは……別に何かの記念日でもなんでもないんですけどね、急に、突然妻にプレゼントしたくなったんですよ。日頃の感謝とでも言えばいいのでしょうか。とにかく、私は年甲斐も無く一人で山脈を越えていったんですよ」  フランツは微笑みながら言うが、十二年前とも言えばフランツ自身も大して年老いていないはずなのだが、とディーンは思ったが口には出さない。フランツは続ける。 「その帰り道、もう日が沈みかけていたので私は走っていたのです。あの森の中を。当時から霧が発生していたあの森を。するとどうでしょう、霧の中から赤ん坊の泣き声が聞こえたんですよ。私は正直、不気味に思いました。だって凶暴な動物が生息している森の中に人間の赤ん坊がいるわけがない、いたとしても生きている訳がない、生きていたとしても泣く訳がない、と思っていました。思っていましたが、何故か私の体はその声の方へと向かっていったんですよ。どうせ聞き間違いだろうと高を括っていました。しかし、赤ん坊はいました。確かに、そこに、木の根元に裸の赤ん坊がただひたすら泣いていたんです。お腹がすいたのかも知れない、母親が恋しいのかも知れない、ただ、助けを求めるようにないていました。不気味に感じながらも、私は先程買ってきた絹でその子を包んで抱きかかえ、森を抜けました」
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