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歳はもう50代後半の口髭をたずさえた渋顔―陸奥の額にはわずかに、だがくっきりと青筋が浮かんでいる。
の、手前でひとしきり報告を終えた羅希は、気だるそうにあくびをかます。
「ん~。しかし我が娘『ゆかり』を無事救出してくれた事には、公務抜きで礼を言うぞ。」
無理矢理な笑顔を取り繕ったわりに、ちっとも笑ってない瞳を知ってか知らずか、羅希は無表情で―
「いやぁ、仕事すから。公務抜きの礼なら言葉より何かこう、形在るものの方が嬉しいなぁはっはっは。」
ほとんど棒読みである。
「ん~。しかし緊張感と言うか、使命感はいささか欠けてないかね?事がすんだ後、君はゆかりを置いてトイレに駆け込んだそうだが?」
「限界だったんすよぉもう。可憐なお嬢さんの前で、まさか漏らすわけにいかないでしょ?」
「普通は先に全部済ませておくものではないのかな?」
「あれぇ?聞いてないすか?酷い乗り物酔いしちゃって、治まったと思ったら今度は下からだったんすよ」
「まさか『神魔の英雄』が乗り物酔いとは。皆のイメージ崩れちゃうよ~?」
言いながら、えぐるように顔を近付けてくる陸奥に、さすがの羅希もこめかみ辺りに青筋たてる。
「だれが勝手に英雄呼ばわりしてくれたか知りませんがね、英雄ったって一介の人間すよ?腹も減れば、トイレだって行きますよ、そりゃあ。」
「ん~。口が減らないな、君は。何なら減俸処分考えてもいいんだけど・・・」
「職権乱用ってやつすか?良くありませんなぁ。それじゃあどんな部下もついてきやせんぜ。」
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