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この街に来るものといえば、相変わらずの塵埃を運ぶ風と、黒い雪が降ると毎度騒がしく報道にやって来るテレビ中継ぐらいのもので、それらはいつも人々を憂鬱にさせていた。
黒い風が吹くようになってからというもの、街にはすっかり娯楽というものが無くなってしまっていた。
八年前まで毎年呼んでいたバレエ団も、白い衣装が汚れるからと嫌がって、誰もやって来なくなってしまった。
それが今年、どこかのバレエ団が講演にやって来るというので、街は久しぶりに活気を取り戻していた。
チケットは完売、立ち見も出るほどの大盛況の中、ブーと無愛想なブザーが鳴って、少しばかり埃っぽい幕が上がる――
と、ステージの真ん中に居るのは街の人々の待ち望んだ眩しく、純粋無垢な白
ではなく、
嫌というほど見馴れた色のチュチュを纏ったバレリーナ。
ざわざわとどよめく劇場に音楽が流れたとたん皆、はっと息を飲んだ。
なんとまあ、黒いバレリーナの美しいこと。
のびやかで、なやましく、優雅な黒い白鳥に、観客は始終釘付けであった。
講演後の割れんばかりの拍手に、黒いバレリーナは何度も何度もお辞儀を返していた。
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