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脇道
名前を呼ばれた気がして、玖は両手に複数の紙袋を持った身で、人込みの中背後を振り返った。
一瞬目が合った真後ろに居た三十歳程の女性が、顔を顰めて横を擦り抜けて行く。
気のせいだったのか知り合いの顔は見当たらず、夕暮れの、人が溢れる道を再び改札目指して歩いた。
雑多な音が溢れ返る、県内では都会の部類に入る街の駅ビル内。
家に閉じ篭りがちな従兄弟にも季節に合わせた服が必要だろうと、自分の物を探すついでに彼に似合いそうな服を置いているテナントも見て回っていた。
あれもこれもと見ているうちに、正午を指す前だった時計も、六時間以上が過ぎた事を示している。
まるで同年代の女の子の買い物の様だと、自分でも思う。
この大荷物を見たら、兄も笑うかもしれない。
今頃は、その兄が彼の為に夕食を用意しているのだろうか。
想像して、玖の胸に苦いものが広がる。
時折幼児返りした様に甘える彼は、兄にも同じ顔を見せるのか。
同じ様に、笑ってみせるのだろうか。
頭を緩く振り、考えを払う。
自分がしているのは、愚かな考えでしかない。
今の彼は、人を認識する事はしない。
気紛れで、名前を当てるだけ。
彼の、己の事すら曖昧な言動に、愛しいと思っていた気持ちがあやふやになり、同時に溢れそうにもなる。
溢れた結果、事に気付いた兄に、彼とは距離を置くよう言われた。
言われただけではなく、彼の居る、以前は祖父母が使っていた平屋には兄が常に居るようになり、この一週間、玖と彼が会う事が無い様一々手を回してきた。
兄は自らが経営する、四ヶ月前に亡くなった両親から継いだ不動産屋を休んでまで、日常に必要な物を嫁に届けさせてまで、玖が彼に会わない様に、彼を隠す。
未だ高校生の自分には、その兄の手から彼を攫う事が出来ない。
出来たとしても、まともな方法で生きていく事など出来ずに愚かな選択をするだけだろうと、己でも想像がついた。
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