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バスのアナウンスが、聞き慣れた停留所の名を告げる。
誰も、降車ボタンを押さない。
夕方のこの時間帯には珍しく、降りる客は玖だけなのだろうか。
赤いボタンに手を伸ばす。
僅かな躊躇いの後、指先に力を入れた。
紙袋を片手で纏めて持ち、立ち上がる。
先程の女子高生と友人の視線を何故か背中に感じながら、バスを降りた。
結局、玖は自宅に向かう住宅街の細い道を歩いている。
樹昊に会いに行く事は、出来なかった。
虚しい。
そう、思う。
短い秋の夕暮れは、既に空を濃紺へ染め上げようとしていた。
小さくとも力強い光が、頭上で瞬く。
何だか、喉の奥が苦しい。
込み上げる熱は、空に向けた視界を歪ませた。
何時まで。
何時まで待てば良いのだろうか。
医者の言葉は明確な答えなど与えてくれはしない。
医者の難しい言葉は、混乱した頭ではなかなか理解出来ず、調べても調べても思考に留まらなかった。
あの温もりは確かにこの腕の中にあった筈なのに、今でも目の前に見えている筈なのに、この手を擦り抜けるばかりで玖には感じる事が出来ない。
会いたい会いたい会いたい会いたい。
なぁ、何時まで、待ったら、会える?
今すぐにでも、抱き締めたい。
そう遠くない場所で車のクラクションが鳴り、やや遅れて玖の横を軽自動車の明かりが追い越して行く。
頬を伝う涙を秋風が冷やすのが、わかった。
了
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