ココロ

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 身に着ける衣服にもスラムの臭いは移る。仕事先での彼女に向けられる視線は好意的とは無縁のものばかりだった。挫けそうになる度に思い出すのは子供の顔。十数人にも増えてしまった彼女の子供たちの顔であった。      薄暗い路地裏。スラム街へと続く道には街灯が無い。ゴミ箱を漁る野良猫の光る眼が彼女を睨みつける。しかし、彼女の瞳は目の前を捉えてはいなかった。雨が地を叩くような足音を立てながら歩く彼女は、地面に視線を落としている。そこに母親の顔は無かった。服装の乱れを気にする余裕なんて今の彼女には無い。    仕事先の上司に迫られた彼女は、自らの身体を差し出したのだ。子供たちの為にも仕事を失う訳にはいかない。そんな使命感のようなものに突き動かされていた。    スラム街の入り口には酒を呷りながら奇声を上げる男が居る。彼女はそれを視界に入れると立ち止まった。ここから先は何事も無かったように振舞わなければいけない。自らの頬を両手で張った。    足を踏み出した彼女の顔は、母親のそれに変わっていた。     「お母さんどうしたの?」    母親を迎えた少年の第一声はそんな言葉で始まった。母の頬を走る雫の跡に少年は気付いたのだ。  
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