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夜半のスラムは、人の心のように薄暗い。長屋を照らす明かりは僅かに差し込む月明かりと、小さな豆電球の淡い光だけである。暖かい光が彼女の心の闇を照らすように、涙の傷跡を浮き彫りにした。
「なんでもないのよ」
涙を取り繕う言葉ならいくらでもあっただろう。しかし、言葉を紡ぐ事が出来なかった。少年の視線は不安に曇る。彼女は、そんな少年を力一杯抱き締めた。
彼女の胸に収まった小さな頭は、少し息苦しそうに震える。彼女の谷間から声が漏れた。
「僕がお母さんを幸せにするよ。だから、もう泣かないで……」
そう言った少年の言葉を噛み締めるように、彼女はもう一度腕に力を籠めた。
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