768人が本棚に入れています
本棚に追加
――江戸時代後半。世に言うところの幕末。
火事と喧嘩は江戸の華なんて言葉があるように、ここ京でも似たような物であった。
火事なんてしょっちゅうであるし、人が集まる所では必ずと言っていいほどに喧嘩が起こる。
中でも特に、このころ最も栄えていた武士達は、その権力に物を言わせる事も多々あった。
刀を振りかざし、ほんの少し脅してみれば、力無き物達は言うことを聞く他無くなる。
嘆かわしいことではあるが、この時代、武士が喧嘩で刀を振りかざしたとしても、別段珍しくはない。
ただし、喧嘩の場合
「違うんだ。その相手が……偉く別嬪な“娘”さんなんだ。ありゃ気の毒だが死んだな……」
「…………娘?」
その相手が“男”であるならの話だが。
「それ、まずいじゃんっ!!」
「待て、平助!」
弾かれたように顔を上げ、迷うこと無く真っ直ぐに走り出す藤堂。
斎藤の引き止める声を振り払い、藤堂は人の輪に突っ込んでいく。
「すまない、失礼させてもらう」
「おう! 気~つけてな!」
斎藤は男達に向き直ると、最初と同じようにまた一礼し、藤堂を追い掛けるべく、足を速めた。
「なぁ、お前、あの色男達、別嬪って聞いた途端顔色変わったな~」
「まっ。いくら別嬪でもあれじゃあな……。相手は運が無かったな」
はは、と暢気に笑う町人2人は、藤堂らが大きな勘違いをしていたとは、露知らず。
「あ゙~もう見えないっつ~の!! ちょっと通してく
れよ、おっさん!」
自分よりも背の高い大人達の山を、強引に掻き分ける。
藤堂は嫌な予感に、胸がざわつき焦っていた。
今、こうして自分がこの人混みに手間取っている間にも、幼気でか弱い娘が刃で貫かれているかもしれないのだ……。
と、そう考えると、藤堂はいてもたってもいられなかった。
人混みを右に押しやり、左に押しやり、人と人の間をかい潜っていく。
そして、開けた。
藤堂の視界に広がるのは、周りを取り囲むように集まる沢山の野次馬達と、その開けた中心の場所に……
「何だ、あれ…………」
男女が二人、縺れ合うように地面に倒れ混んでいる。
最初のコメントを投稿しよう!