序章;こんにちは、新選組

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だけど、藤堂が放心したのはただそのためで無く。 「おい、てめぇ~払えよ! 払えっつ~の!!」 「は、払います! 払いますから……な、殴るの止め、止め……」 「あ゙あ゙!? 煩っせーよ、滓(かす)!」 「がはぁっ……!」 女が男に馬乗りに為って、尚且つ、タコ殴りにしている衝撃的な状況に、で、あった。 殴られながらヘコヘコとした態度で謝る男を、容赦無く、理不尽なくらい殴り続ける娘。 男の顔は赤くパンパンに腫れ上がり、痣になるのは確実だ。あれだけ殴られれば、痛みは数週間引かずに残るだろうと容易(たや)く予測出来る。 娘は一方的に男を殴り続けているようで、娘の方はかすり傷一つ付けられた様子は見られない。 (幼気で、か弱い娘って、誰が言ったっけ……?) どこにもいないじゃん、と。 その見るに耐えない現状を目の当たりにした藤堂は、ハハと乾いた声を上げた。 「何だ、これは……?」 「あ、一君」 人の波を摺り抜けてきた斎藤が、藤堂に追い付いた。 斎藤は藤堂の背後に立つと、自然とその人の輪の中心に顔を向け、思わず目を丸くする。 普段冷静かつ顔に感情を出さない斎藤の珍しい表情に、藤堂は驚くが、すぐに納得するしか無かった。 余りに衝撃的な光景に、ポカンと大口開けてしまうのも無理はないだろう。 男の胸倉をガシッと鷲掴み、顔を付き合わせ、その娘はあろうことか脅しをかける。 「ねぇ、ねぇ、お侍様~? 命が惜しいなら謝ってくれない?」 「だ、だから俺……は! さっきからずっと謝って……ぶぼはぁっ!?」 「煩い虫けら野郎。口答えしてんなよ?」 男が喋れば、すかさず娘はその男の鳩尾にガスッと一発拳を決め込む。 娘は呻く男を見下ろし、幾分スッキリした表情で、笑う。目は全くと言っていいほど笑ってはいなかったが。 「ひっ……!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!」 悲鳴を上げ、何度も何度も謝り、許しを懇願する男に対して、娘はその美しい顔を優しげに綻ばせ 「うん、許さないからね?」 と、笑顔で血も涙も無い、容赦ない仕打ち。
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