序章;こんにちは、新選組

3/42
前へ
/43ページ
次へ
 ――遡ること数刻前。  「待てって言ってんだろーがっ! この野郎ぉおおぉぉぉぉぉ!!」  人で賑わう京の町のど真ん中。  両腕の袖をたくしあげて、大声で叫びながら全力疾走する、女らしからぬ行動の女がいた。  その女の名前は、橘 夏海。当物語の主人公だ。  現在、夏海は主人公らしく、町の人々の視線を見事に掻っ攫(さら)い集めている。  ……勿論、“悪い意味”でだ。  袖を大胆に捲りあげているため、透き通るように白く細っそりとした腕が、全て晒されている。  それと対照的に真っ黒な髪は、左耳横の下辺りで一つに束ねられ、サラサラと風に揺れている。  桜色の唇に、パッチリ二重の丸い瞳、そこからクルンと伸びる長い睫毛。  夏海の容姿、容貌は、類い稀であると言ってもいいほどに素晴らしいものであったのだ。  夏海を振り返る町行く男の中には、微笑ましくも頬を染めて“そういう目”で見つめる者もいた。  しかし、今一度確認したい。  現在夏海に集まる大半の視線は好意ではなく、奇怪な視線であるということを。  「待てって言ってんのが聞こえないのか、てめえ! このすっとこどっこい!!」  これだ。これが原因の一つである。  容姿、容貌。共に完璧と言える彼女には大きな欠点があった。  それは……。  「無視かぁぁぁ!? よし、お前はアタシがぶっ潰す!」  ……“性格”である。  彼女は非常にお転婆(と言える範囲でもない)で、口が少々宜しくない。  「今すぐ、潰す! 潰して挽き肉にして、アタシが食ってやるよっ!!」  いや、訂正。  非常に悪かった。  そして、もう一つ欠点。  「あ!! やっぱりちょっと待て! 食べるのは無しにして! あんた絶対美味しくないと思うし!」  頭も弱かった……。  美味しいとか、美味しくないとかの問題ではないことに彼女が気付くことはない。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

768人が本棚に入れています
本棚に追加