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「止ーまーれーっ!!」
「お、お前しつけーんだよっ!」
「あんたが止まればいいんでしょーがっ!!」
恥など全く無いように叫ぶ夏海。それとは対照的に額に汗を浮かべ、焦った様子で走りながらも、たまに夏海を伺うよう顔だけ振り返る男。
夏海は京の町を延々と、どこまでも追いかける勢いで走る。
そんな彼女から、息も絶え絶えに、足が縺(もつ)れながらも何とか逃げる男。
まるで追いかけっこのようだ……と、まあこれはそんなにほのぼのとした遊びではない。何といっても、夏海が追い掛けている男、訳有りで。
「貴様の行為は万事撲滅に値する! 許すまじ!!」
食い逃げなのだ。
――そもそもの事の発端は『橘団子』という団子屋で起こった。
『橘団子』とは、夏海の父が先祖代々営む歴史有る団子屋で、夏海はその店の看板娘として、毎日父を助けるべく手伝っていた。
今日も何時も通り早朝からバリバリ働いていた夏海は、お昼時になって一旦休憩するためその場を離れようとした。
だがしかし、そこで事件は起こる。
『お客さん、お待ち下さい! お代を!!』
『煩っせ~な! 誰が払うか、あばよ!』
賑わっていた店が急に騒然とし、夏海が不思議に思いながら、空になった盆を抱え首を傾げていると、そんな声が聞こえてきた。
夏海の父親である、春樹(はるき)の慌てたような声と、聞き覚えの無い、荒立てたような男の声。
何と言ったのか、夏海がいる場所からは距離が有り、二人の会話ははっきりとは聞き取れ無かったが、雰囲気からしていい話ではなさそうだと察し、小さく溜め息をつく。
(……何やってんだろ? 何か不穏な空気ね)
「父上、どうしたの?」
春樹が客の出ていったのを呆然とした様子で見送っているのを確認し、夏海はそっと声をかけた。
春樹はゆっくり顔を夏海に向けると、小さく首を振る。
「ああ、夏海……。いや何でも……」
「……無いわけないわよね?」
春樹は娘の夏海に余計な心配をかけまいとしてか何なのか、何故か理由をはぐらかそうとしたが、夏海がそれを許さなかった。
満面の笑みを浮かべる彼女は父親を心配しているというより、暗に脅していると表現した方が正しいかもしれない。
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