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夏海の笑顔の裏を読み取った春樹は渋々観念し、また外に目をやり理由(わけ)を話す。
「いや、今のお客様が団子のお代を払わずにお帰りになってしまってね……」
困ったものだよ、と眉をハの字に寄せる春樹。
「っち、食い逃げか」
(商売上がったりじゃねぇかよ)
そして、忌ま忌ましげに舌打ちを鳴らす夏海。
「こら、また……。舌打ちは止めなさいって言って……おい! 何処に行くんだい、夏海!?」
その注意には耳も傾けず、背を向け外に向かう夏海に気付き、春樹は慌てて呼び止める。
夏海はピタリと立ち止まり、一度怠そうに振り返ると、
「決まってんでしょ? ぶっ潰しに行ってくる」
気合いは十分に袖を捲り上げて、ヒラヒラと手を振り夏海は姿を消した。
「あ、ちょっと待ちなさい……ってもう居ないじゃないか……」
呼び止める春樹の声は届かず、伸ばした腕は行き場を無くして宙を泳いだ。
「だから夏海には言いたくなかったんだ……」
深く溜め息をつき、ガックリと肩を落として、春樹が願うことはただ一つだ。
(どうか夏海が、女の子らしく、おしとやかになりますように……!!)
そんな細(ささ)やかで儚い春樹の願いだか、夏海相手では到底叶いそうに無かった。
……と、まあそんな経緯があった訳で現在。
「うおぉぉぉおぉ!!」
「来るんじゃねぇぇぇ!!」
こうして、食い逃げ犯である男と、看板娘の夏海が、延々続く追いかけっこを繰り広げているのである。
かれこれ半刻ほど走りつづけた、食い逃げ犯と夏海。
先に体力が切れたのは、やはり女である夏海。
「何だ、もう疲れたの? 体力無いですねぇ~」
「う、煩っせーな!! お前が異常なんだよ!!」
……ではなくて、食い逃げ犯。
男は走る速度を徐々に落とすと、夏海に背後を取られぬよう振り返り、膝に手をついて喘いだ。
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