一・萌芽

2/6
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 ――容姿。  学生時代の恋愛において重要視されるものは何か、と問われれば、僕は間髪入れず、何ら迷うことなく、そう答えるだろう。  無事就職し社会へと出て、“結婚”の二文字が脳裏にちらつき始める頃になれば、財力や包容力などの点もまた重視されるようになっていくのかも知れないが、少なくとも、恋に恋する思春期において重視されるのは、容姿のみ、と考えてほぼ間違いない筈だ。  容姿に優れた学生は、どれだけ性格が悪くても、口下手でも、その全てを異性に美点として捉えられ、恋人を容易く作り、また、取っ替え引っ替えすることが、多くの場合可能である。  逆に、残念ながら容姿に恵まれなかったものは、如何に人格者であろうと、話術に長けていようと、その全てを異性に悪点として捉えられ、男女交際を経験することが酷く難しい。縦んば恋人が出来たとしても、それを取っ替え引っ替えなどという芸当は、まず持って不可能である。    それが、学生期の恋愛における絶対不変の真理。  或いは、社会へ出ても、容姿以外は然程重要視されないのかも知れない。残忍極まりない犯行に及んだ殺人者であっても、容姿に優れてさえいれば、ファンクラブが結成される御時世である。容姿以外の点が、恋愛に何の意味も持たない時代になりつつあるのだろう。  ……要するに、何が言いたいか、というと、だ。僕がクリスマスを恋人と過ごすだなんて、天地が引っくり返っても不可―― 「おーい、雅明(まさあき)、大丈夫か? 餓死寸前の犬みたいな顔になってるぞ?」  ――耳朶を打つ低い声によって、意識を引き戻される。劣等感や、ある種の絶望感に塗れた当所もない思考を振り払い、はて、と、現在の状況を確認。    左手首に嵌めた腕時計の表示、及び己の記憶を信用する限り、現在日時は一二月八日水曜日、午後零時七分。場所は、つい一〇分ほど前まで期末考査を受けていた、所属クラスでもある二年二組の教室、廊下側から三列目・前から二列目の自分の席。  ――どうも、本日・考査三日目(因みに考査は金曜日まである)のトリとして実施された倫理の試験の解答用紙が回収されたあと、人知れず物思いに耽ってしまっていたらしい。    取り敢えず、現状の把握を完了。続いて視線を上げ、先ほど聴こえた声の発生源を見据える。視界に入る一人の男子生徒の姿。問い掛けられていたことを思い出し、答えを返さんと口を開く。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!