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「行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
朝日に照らされすっかり熱くなったドアノブを握りしめ、僕は外に出た。
…カリカリ…。
右目を無くしても、なんとなく距離感をつかめるようになった。そう思うとなんだかホッとする。
事故の直後はまともに階段も登れなかった。人生であの時ほど手すりに感謝を覚えたことは無い。
あの事故から、もう4ヶ月が経とうとしていた。
僕と妹がねじ曲げられた、あの事故から…。
今日は、何時にもなく早く家を出た。朝の学校は何より静かで僕の安息の地になっている。
担いだギターケースをワサワサとゆらしながら、鼻歌まじりで歩いた。だが、その至福は次の瞬間、打ち砕かれる。
「…あら。奇遇ね。」
後ろから声を掛けられる。この時、僕は一体どんな顔をしていただろう。苦虫を噛み潰したような顔をしていたに違いない。
木根 真琴。僕の苦手な陰気な女だ。
「おはよう、木根さん。今日は早いね。」
適当な挨拶を返す。正直、こいつとは話したくない。
「いつも、こんなものよ。…それより、珍しいわね。五十嵐君がバラードなんて。」
さっきの鼻歌の曲のことらしい。
「…ガチガチのロックマニアだと思ってた?…そんなつもり無かったんだけど。」
「別に、アナタに似合わないと思っただけ。」
…どういう意味だ?
「…それじゃ、私急ぐから。」
そう言うと真琴はスタスタと早足で歩いていった。
「…。」
なんだか不快な気分だった。
「真琴ちゃんのことは嫌い?」
いつの間にか小柄で柔らかな表情の女性が僕の隣に立っていた。
「聖先輩。居たんですか?」
本庄 聖。我が校の生徒会長で妹の愛と共に五十嵐家とは付き合いが長い。おっとりとした印象の女性だ。
「…好きじゃ無いです。」
正直に答える。付き合いが長いせいか、彼女の場合、嘘をついても、大概見透かされてしまう。
「ん~。そかそか。」
年上のお姉さんアピールをしたいのか、頭を撫でられた。頑張って背伸びしているのがなんとも不格好だが…。
「いい子なんだけどね。君もあの娘も。」
悲しそうな声だった。少し考えた末、彼女は静かに口を開いた。
「…空を知るとね、優しくなれるよ。」
…なにいってんだ?この人は。
「…はぁ。」
「今の君には、ちょっと難しいかな?」
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