第1章 第1節

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「行ってきます。」 「いってらっしゃい。」 朝日に照らされすっかり熱くなったドアノブを握りしめ、僕は外に出た。 …カリカリ…。 右目を無くしても、なんとなく距離感をつかめるようになった。そう思うとなんだかホッとする。 事故の直後はまともに階段も登れなかった。人生であの時ほど手すりに感謝を覚えたことは無い。 あの事故から、もう4ヶ月が経とうとしていた。 僕と妹がねじ曲げられた、あの事故から…。 今日は、何時にもなく早く家を出た。朝の学校は何より静かで僕の安息の地になっている。 担いだギターケースをワサワサとゆらしながら、鼻歌まじりで歩いた。だが、その至福は次の瞬間、打ち砕かれる。 「…あら。奇遇ね。」 後ろから声を掛けられる。この時、僕は一体どんな顔をしていただろう。苦虫を噛み潰したような顔をしていたに違いない。 木根 真琴。僕の苦手な陰気な女だ。 「おはよう、木根さん。今日は早いね。」 適当な挨拶を返す。正直、こいつとは話したくない。 「いつも、こんなものよ。…それより、珍しいわね。五十嵐君がバラードなんて。」 さっきの鼻歌の曲のことらしい。 「…ガチガチのロックマニアだと思ってた?…そんなつもり無かったんだけど。」 「別に、アナタに似合わないと思っただけ。」 …どういう意味だ? 「…それじゃ、私急ぐから。」 そう言うと真琴はスタスタと早足で歩いていった。 「…。」 なんだか不快な気分だった。 「真琴ちゃんのことは嫌い?」 いつの間にか小柄で柔らかな表情の女性が僕の隣に立っていた。 「聖先輩。居たんですか?」 本庄 聖。我が校の生徒会長で妹の愛と共に五十嵐家とは付き合いが長い。おっとりとした印象の女性だ。 「…好きじゃ無いです。」 正直に答える。付き合いが長いせいか、彼女の場合、嘘をついても、大概見透かされてしまう。 「ん~。そかそか。」 年上のお姉さんアピールをしたいのか、頭を撫でられた。頑張って背伸びしているのがなんとも不格好だが…。 「いい子なんだけどね。君もあの娘も。」 悲しそうな声だった。少し考えた末、彼女は静かに口を開いた。 「…空を知るとね、優しくなれるよ。」 …なにいってんだ?この人は。 「…はぁ。」 「今の君には、ちょっと難しいかな?」
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