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…私は臆病者だと思った。
そして、かなりの卑怯者だと思っている。
礼が桜の木に向かってから、私は急に辛くなって教室の机で寝たふりをしていた。
初めて彼女の気持ちを知ったのは、たった三週間前のことだ。
『愛。…五十嵐先輩と幼なじみなんだよね。』
昼食の時に唐突に彼女の方から話を切り出して来たのだった。
私は必死だったんだと思う。彼女に礼の欠点を教え続けた。見た目ほどかっこよくないとか、口が悪いとか、実はシスコンだとか。
そんな事をしながら、だけど本心は伝えずに今日という日を迎えた。あやめちゃんとの友達関係を崩したくなかったから。そして何より、私の本心を知ったら、礼がどういう反応をするかが怖かったから。
「…お兄ちゃん…。」
今になって、後悔した。もし、礼があやめちゃんと付き合ってしまったらどうしよう。今はその未来が一番怖く、重く感じてしまう。
だから、教室に帰ってきた彼女を見て、驚きと共に、どうしようもない安堵感が芽生えてしまった。
…あやめちゃんが泣いていた。唇には微かに血の跡が見えた。
「…キャハハハハハ!」
中庭に甲高い笑い声が響いた。その音源を辿ると非常階段の上に彼女が腹を抱えて笑っていた。
「…木根…。」
いつから居たんだ?
「クク…。最低の振り方だったじゃない。いや、振られ方っていうべきかしら?君に凄く合ってたわ。」
酷い言われようだ。当然のように、他人の恋愛事情を覗き見したという罪悪感は彼女には存在しないらしい。
最近、やけに彼女に出くわす確率が高い気がする。…つけられてると思ってしまう程に。
「…そりゃどうも。」
それを彼女自身に確認してもしょうがないし、何より彼女に対して答えを媚びる事自体嫌だったので、適当な返事をして、僕は早々に中庭をあとにした。
さっきも仰いだ空が今はやけに腹立たしく見えた。
第1節 完
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