第1章 第2節

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「礼。」 声に気付いて後ろを向くとジャージ姿の愛がいた。 「…お姉ちゃんは?」 「もう少し残って作業するらしいよ。『文化祭も近いから帰りなさい』って、強引に帰されたんだ。」 今日はいつもより早かった。文化祭もあるだろうけど、…何か他の理由がある気がする。 「…それじゃ、少し待っててくれる?一緒に帰ろ。」 「ああ、わかった。それじゃあ校門で待ってるから。」 「ありがと。」 そう言うと彼女は更衣室へと走っていった。 また西垣さんのことを聞かれるのだろうか。…少し面倒だな。 「不幸ね。」 つい先ほどまで向いていたはずの背後に木根が立っていた。 「…一体どこからわいてるんだ、お前は。」 「失礼ね。人をゴキブリみたいに。」 まだゴキブリのほうがかわいい気がしてくる。 「ところで、いつもの電話はもう済ませたのかしら?」 「…。」 「…あぁ。ごめんなさい。…あなたに聞くべきことじゃないわね。…クスクス。」 それだけいって木根は僕の前から姿を消した。 本当に嫌な女だ。 彼女に僕達のことをどこまで知られているのだろうか。 もし、知っていたら…。 考えておこう。 決めるのは僕の仕事だ。 「礼?…大丈夫?なんか怖いよ。」 いつの間にか愛が着替えて戻ってきていた。 「…大丈夫。何でもないよ。行こうか。」 これには誰も巻き込む訳にはいかない。僕達の問題だから…。 「…ただいま。」 「お帰りなさい。」 涼しくなってきた夕方。 静かな家。 冷たい廊下。 暗い部屋。 そして、僕達の前には誰もいない。
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