辺境の食堂調理師

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「うん。だから、火じゃなくて、炎」 ——そう言ったラヴィーの手に握られたレッド・ルーニェに、何故かゾクリと背が粟立った。 いきなり一瞬だけ沸き起こって消えた恐怖をなんとかやり過ごして、「なら」と会話を続ける。 「あいつにしよう。大きすぎないし、肉付きもいい。多分旨い」 方向的には俺たちが隠れている草影の斜め右、距離もほどほどに離れている成体のアイラスを視線で示して、銀線を握る。 ラヴィーには一度見せた武器だし、今日は最初から使う気で準備してきた。 ちなみに昨日授業中の自習時間に銀線について改めて調べたので、イメージ材料が増えて以前よりちょっと性能が上がっている。 アダムにお願いして新しく取り寄せて貰った「具材屋の武具遍歴」と言うタイトルの本では、「銀線」ではなく「鋼糸」となっていて、調べるのに少し戸惑ったのは余談だ。 他には「銀糸」「糸刃」「鋼線」と呼ばれることもある、なんて豆知識も載っていた。 ……執筆者は何を思ってこんなこと調べたんだろうかと、本の名前を知った時から思っていたことを再び思った。 閑話休題。 ラヴィーが標的を確認して頷いたのを合図に、不意打ちの銀線を放つ。 同時に、ラヴィーがルーニェを片手に握った。 ——標的にした1匹が、俺の銀線に四肢の自由を奪われ驚きと怒りに唸る。 その唸りで他のアイラスが縄張りへの侵入者に気付き、怒りの声をあげる。 もちろん声をあげるだけではなく、すぐに俺たちを排除すべく動き—— そして、俺の視界が真っ赤に染まった。 今すぐ逃げなければと、そう思うのに。 その赤が、炎の壁が、どうしようもなく美しく、目が離せない。 「このまま仕留めちゃうね。拘束、止めていいよ」 「あ、ああ……」 ラヴィーの言葉にただ反射的に従って、銀線を解く。 俺と銀線で繋がっていた分開いていた炎の壁が完全に閉ざされる直前、すがるような瞳のアイラスと目があったような気がした。 標的のアイラスを囲った炎を見て、今にもこちらに飛び掛かって来そうだった他のアイラスたちがか細く鼻を鳴らす。 そして一拍の時間を開けて、各々が我先にと逃げ出した。 文字通り尻尾を巻いて、一気に駆け出す巨体たち。 そしてその場に残されたのは、見事な制御で小枝の1本も燃えていないコヌギの木と、俺たち2人。 そしてあっと言う間に炎で命を焼かれた、アイラスの死体だけだった。
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