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その頃沖田は未だ自室で自責の念に駆られていた。
灯りもつけず暗闇だけが広がる部屋。
雨は激しさを増しザァザァという音だけが響いている。
五月雨ということもあり、既に少し蒸し暑さが漂う。
「…遼…さん…」
沖田は呼び掛けるかの様にポツリと漏らす。
しかしその声は虚しく散る。
力の無い、掠れた儚い声。
「…ッッ……私があんなことっ…言わなければ…」
遼が部屋を去ってから幾度となく考えた。
どうしてあの時、素直にありがとうと言えなかったんだろう
守りたい、強くいるからと言ってくれたあなたに対して…
どうして私は……
あなたを傷付ける様なことを言ってしまったんだろう…
本当はありがとうって言いたかった
本当はずっと此処に居て欲しかった
あんなことが言いたかったわけじゃない…
でも…
遼さんにとってはこうした方が良かったでしょう?
剣を取らず、人を斬らず、元の時代に戻って…
元の生活を送るのが一番良いでしょう?
無事に…戻ってるだろうか
帰ってないということは元の時代に戻ってるということだろうか
あぁ…やっぱり最後にありがとうくらい言えば良かった…
ぐるぐるとそんな事ばかりが頭を巡る。
「―ッッ!!っごほ…ゴホッッ」
不意にむせるような咳が沖田を襲った。
近頃暖かくなってからは、沖田は咳を頻繁にするようになった。
と言っても特に日常生活に支障をきたすわけでもなかったので、医者になどは見せていなかったのだが。
それに見せた所で、どうなるわけでもない。
「…ゴホっ……はぁ…嫌になっちゃうよ…もう何もかも…ゲホッ…ははっ…」
沖田は気でも触れたのかそう告げれば、暫くの間自嘲の笑いを繰り返していた。
沖田は己が病に蝕まれ始めている事に、気付いていた。
ヒューヒューと鳴る気管。
痰の絡まる咳。
急に込み上げる空咳。
喀血は…まだ無い。
だが、その咳は風邪を引いたにしてはえらく長い。
もう1ヶ月は続いている。
普通じゃないことはわかっていた。
いくら遼が守りたいと言ってくれても、守れない。
病だけは…どうすることも出来ないのだ。
沖田はそれもあり、遼を突き放したのだろう。
「……ごめんなさい……遼さん……」
その哀しい謝罪は、雨音に掻き消された。
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