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――――――
男はただボーッと空から降る雪を部屋の窓から眺めていた。
窓から見える景色は降りしきる雪の隙間にネオンが輝いており、時刻は夜だとわかる。
季節は…雪が降るくらいなのだから冬だろう。
…また…戻って来たんだ…
その男…遼は何をする気にもなれずただ静かにベッドに横たわる。
携帯を見る気にもなれない。
日付を確認する気にもなれない。
リアルな長い夢を見ていた。
そんな気分だった。
夢だったならどんなに良かっただろうと思ったが、遼の服装は江戸時代の格好のまま。
毎日の稽古でついた痣や傷も、遼があの時代にいたという紛れもない証拠だった。
何故だろう。
住み慣れた部屋も、今は冷たく色褪せて見える。
使い慣れた電子機器も、現代の文化も、今はどこか遠い国の物の様に思える。
ふと遼は刀が無いことに気付く。
ああそうか…
川に投げ棄てようとして…
結局戻って来ちゃったから…
あそこに置いたまんまだ…
気付けば遼の瞳から涙が溢れていた。
涙のわけは遼自身もわからなかった。
本来ならば、現代に…遼のいるべき時代に…戻って来れて喜ぶべきなのだ。
しかし嬉しいなどという感情は一切湧いてこない。
ただ無性に虚しくて…
空っぽで…
…寂しい。
そんな感情が遼を支配していた。
江戸時代に飛ばされた当初は、現代に帰りたくて仕方無かった。
幕末の厳しさに残酷さに何度も悩み、何度も逃げたくなった。
だが新撰組という自分の居場所を見つけ、仲間と出逢い、幕末の熱い志士達と出逢い…そして龍馬とも分かち合い…
沖田という大切な友人もできた。
現代でただなんとなく人生を送ってきた遼。
幕末に居た期間は8ヶ月足らずだが、そんな遼にとっては今までの人生の中で一番充実し、なにものにも変え難い8ヶ月だったのだ。
でも、もう戻れない。
戻ったところで、帰る場所もない。
沖田から出ていけと言われた。現代に戻った方が良いと言われた。
それに自分の意思で幕末に行けるわけでもない。
ああ、もう会えないかもしれないと思ってから初めて気付く。
皆の存在がこんなにも大きくなっていた事に。
急にいなくなった俺を…皆臆病者だと罵るだろうか
本当にいなくなった俺を…沖田さんは呆れてるだろうか
現代に戻った俺を…龍馬さんは見放すだろうか
そう考える内に遼は深い眠りへと誘われた。
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