あとひとつ

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『野球とは力だ』 バッターボックスに立っている三澤の信念である。 この信念を元に彼は今まで野球をしてきた。 この先もこれは変わらないだろう。 遅い球より速い球。 好打よりも強打。 どんな工夫もどんな策もすべては力の前にひれ伏す。 ――最後にものをいうのは力だ。小細工など力のないものの常套句にすぎん。 実に単純明快。 自分に向かってくる小さな白い球をより遠くに飛ばせばいいのだ。 そのために付けた筋肉をいかんなく発揮し、バットを振った。 感触は軽く頼り気のないものだった。 しかし、それに反して耳に届いた音は清々しい音。 透き通った金属音と一緒に白球は高々と舞い上がった。 「レフ…、いやセンターッッ!!」 後藤はマスクを投げながら叫んだ。 しかし、叫んではみたものの結果は見えていた。 ――あれは無理だ…。 神無月もマウンドから目を見開き打球の行方を追っている。 その頬を汗が伝い、下へと落ちた。 ――打球ってあんな高く上がるもんなのか…? 翔はフェンスギリギリまで走ってまだ落ちてこない白球を眺めていた。 明らかに自分に向かっては落ちてきていない。 遥かその後ろ。 しばらくして何の音もなく白球は消えた。その瞬間、湧き上がるのは珀春側のスタンドだった。 あっという間。 まさにそんな感じだった。 スコアボードに2の文字が刻まれた。 「明、切り替えろよ」 「……おう」 審判から貰ったボールを渡しながら後藤は肩を叩いた。 ――おいおい、こいつもう…。 神無月の顔色を見て後藤の顔が引きつる。
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