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「いらっしゃいませ」
出迎えたのはひどく腰の曲がった不気味な老婆であった。
「今日、この宿に泊まりたいんだが部屋は開いているか?」
「お一人様ですね……。今ご案内しますので少々お待ちくださいませ……」
ゲホッゲホッとわざとらしい咳を払いながら階段を昇る老婆に俺はついて行った。宿は相当古い建物のようで階段を一段上がるたびに家全体が軋んでいた。
「この建物はいつごろ建てられたのですか?」
「さあ……私がこの物件を借りたのは10年前ですから……最低でも20年は経っているんじゃないでしょうか」
確かに壁を触るとボロボロと肌の角質のように崩れ取れていく。 ――果たして今晩は安心して寝れるのだろうか? そもそも選ぶ宿を間違えたのか?
そうあれこれと考えているうちに2階の一番奥の薄暗い部屋に着いた。
「こちらになります」
中は意外にも綺麗であった。高級なものではなさそうだがしっかりとした造りの家具があちこちに設置されている。そのなかでも一際目立ったのは鳶色の壁に掛けられた誰かの肖像画だろう。絵に描かれている女性はどこか気品を漂わせ凛とした双眸で真っすぐこちらを視ていた。
「美しい絵ですね……」
「ああ、その絵ですか。その絵は私が借りた当初から掛けられていた絵でしてね、作者もそのモデルも誰かわからんのですよ」
作者不明の美しい女性の絵画。なんだかんだいってやはりここは田舎の小さな牧場と違って、れっきとした街なんだな。
「お食事はどうされますか?」
「ああ食事? 一時間後くらいにお願い」
「かしこまりました」
そうしてしわがれた声の老婆は部屋を出て行った。
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