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ふと空を仰いだ。
夜更け前のその空には朧気に漂う月と、かすかに煌めく星々が浮かんでいた。
そして視線をゆっくりと地表に戻す。視界に入るのは背丈の4倍はある大きな門。それはまるで自分を古びた煉瓦づくりの街へと誘うかのように口を大きく開けている。
本当を言うと旅の疲れを癒すにはもう少し都会に泊まりたかった。しかしもう3日は野宿だ。この際、贅沢は言っていられない。そうして気の進まない足を無理矢理進め、街に入った。
あてもない放浪の旅に出たのはちょうど一か月くらいのことだっただろう。小さな牧場の刺激のない生活に嫌気がさし黙って家を飛び出した。だがしかしもともと得意だった絵を売って生活しようにも、資本が圧倒的に足りなかった。そこで名のある画廊に弟子入りをしようと都市まで歩いていたのだが……困ったことに金が底をついてしまったのである。
そしてついさっき、心優しき旅人に恵んで貰えていなかったら、また今日も空腹と寒さに耐えながら野宿をしていただろう。
これが今夜は贅沢に宿に泊まろうと決めた経緯である。
「これは随分と……」
街に足を踏み入れ初めに思ったことはあまりにも店仕舞いが早すぎるということだろう。普通はにぎやかなはずの大衆酒場ですら閉店という看板が下げられていた。唯一ここから5軒先の宿屋だけが灯りがついている。
まさかここまで活気のない街だとは思わなかった。普通は夜が終わるまで酒場は騒いでいるだろうに……。
――世界は広いんだ。そういう街もあるさ。そう心で自分を説得しながら宿屋の扉を開けた。
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