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そこに、分けて加熱していた野菜を混ぜ、しばらくフライパンの上で炒め、塩胡椒を振る。
「まあ、こんな感じだろ」
澄輝は火を止めると、棚から皿を出し、見栄えがいいように盛り付けする。
──まあ、有り合わせで作ったにしては上出来だろう。
「ほら、出来たぞ」
「ありがとう……」
丸テーブルに野菜炒めを置くと、その場に澄輝は座る。そして、瑠奈が身を起こして対面に座った。
顔色はいくらかよくなり、動揺も収まっているようだ。
「それじゃ、頂きます」
「ああ、どうぞ。脂肪とかは極力抑えたつもりだから」
瑠奈は箸をつけると、恐る恐るそれを口に運んだ。
「美味しい……」
瑠奈がそう言うのを聞くと、澄輝は部屋を出ようと立ち上がった。
──全部、忘れてくれればいい……
澄輝は思う。日常の住人は、日常にあるべきだと。
今日見たモノが衝撃的でも、日常にいれば新たな思い出に埋もれてゆくだろうから。
澄輝は玄関に立掛けてあった愛用のスピアードライフルを視界に入れる。
しかし、
「待って、羽間くん!」
「……何だよ?」
突然、名前を叫ばれ、澄輝は反射的に振り向く。
そこには、強い瞳で自分を見据える瑠奈がいた。もはや、その顔に動揺の色はなく、まるで見たモノ全てを受け入れると訴えているようだ。
「さっき、私が見たモノは…………何なの?」
「……忘れた方がいい」
この世界の裏の裏を知ってしまったら、日常に戻って来られる保証はない。
たとえそれが虚構のモノでも、一人でも多くの人が日常の中で幸せになれたら、と澄輝は思う。
何故なら、それらを守るために、澄輝は非日常に首を突っ込んでいるのだから。
「お願いだ、御崎。全部忘れてくれ……」
そして、澄輝はドアに手を掛け、部屋を飛び出した。春の夜の空気は思いの外冷たく、体から熱を容赦なく奪う。
──……一応、な。
澄輝は瑠奈に追い付かれないように、眼前の柵に手を掛け、そのまま飛び降りた。アパートの二階から。
上手く着地の衝撃を殺すと、離れた所でドアが開く音が聞こえた。
それに構わず、澄輝は黒い闇を切り裂くように、全速力で駆け出した。
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