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「うぅ、遅くなっちゃうよ……」
商店街の喧騒から少し外れた路地を、買い物袋を提げた少女が行く。
その少女、御崎瑠奈(ミサキルナ)は可愛らしいピンクの携帯で時間を確認すると、小走り気味に歩調を変えた。
現在、地方出身の彼女は、私立の高校に通うため、親戚の安アパートで独り暮らしをしている。もちろん食事は自分で作るのだが、食材の買い出しを忘れていたため、七時を回った今頃夜道を歩いているのだ。
そして、少しでも近道をしようと人気のない道を選び────不気味な薄暗さに今さら後悔している。
──不審者……とかはいないよね……
確か、高校の連絡で不審者の注意を呼び掛けていた気がする。
まるで、空から暗幕を下ろしたような闇が、小さく芽生えていた恐怖心をさらに煽(アオ)る。
そう。今は春と言えど、まだ日は短く、全ての色を呑み込む夜の訪れは早い。張りつめた夜気は冷たく、瑠奈の肌を凍らせる。
そんな瑠奈の揺れる視界の先に、明滅する街灯の光が映った。壊れているのか、チカチカと光る灯りに気を取られていると、自分の足音以外の音が聞こえてきた。
………………
それは、どうやら人の声のようだった。
不審者、という言葉が脳裏をかすめるが、周りには助けを求められるような住宅があるため、瑠奈は進む。
………………
次第にはっきりしていく声だが、どうやら一人ではないようだ。
片方の声は低く、もう片方はどこかで聞いたような響きだ。
…の……を…
低い声が、何やら仰々(ギョウギョウ)しい語りで話している。
そして、どうやらその声は十字路の右の道から聞こえてくるようだった。
…ら…俺……
聞き覚えのある声が、低い声に向かって言葉を返した。
声が聞こえてくる十字路は、もう目の前にある。瑠奈は直進しながら路地に差し掛かると、右へと続く道に何気なく視線を送り、
────!?
息をのんだ。冷たい空気が肺を満たし、瑠奈は目の前の光景に固まる。
地面に垂れる程長い漆黒のマントを纏った長身の影が、こちらに背を向けて立っていた。
マントから覗く細い手に握られているのは、細やかな装飾を施された、街灯の光を映し出す細身の剣。
切っ先が紅く光る、剣。
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