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恐らく、路地の角を曲がった辺り。たゆたう闇のような邪悪な気配が、空気を変質させながらにじり寄ってくる。
──クソッ! クソクソクソクソ……!
パンサーはほとんどパニックに陥っていた。
ヴァンパイアに、《薔薇十字団》という集団ではなく、パンサーという個人で挑もうとしている。
その心細さが、焦りや不安、過度の緊張をもたらす。
「………………」
そして遂に、角から黒い人影が現れた。
晴天の景色を切り取るような黒い闇は、画一化された漆黒の長いマント。
引きずる何本もの鎖が不快な金属音の重奏を奏で、それが耳にはっきりと届いた瞬間、周囲がむっとするような熱気に包まれた。
春の様相に似つかわしくない、厳しい夏場のような空気。パンサーの額から、汗が一条の線を描いた。
「………………」
幾重にも顔面に巻かれた白い包帯。
その隙間から覗く長い白髪。
垂れた漆黒のマント。
何本も伸びる鎖。
漂う、血。
「……ククク…………昨日は、とんだマヌケが世話になったなァ?」
「お前は……!?」
後退りながら、パンサーは問う。
「プロメテウス…………それが俺の通称だァ……」
すると、男は歩みを止めた。
プロメテウスの周囲を漂う血液が風に乗るようにして、まるで霧のようにパンサーの方へと流れてくる。
赤煙のようなソレは、緩慢な動きで形を変えながら、辺りを赤色で包んでゆく。
そして、その血腥(チナマグサ)さがパンサーの鼻を突いた瞬間、
「我が紅色の下僕よ、彼の者を灰塵と化セ……」
その言葉に呼応し、辺りの空気が刹那に灼熱した。
赤煙が赤炎を噴き、パンサーの視界を紅く染め上げる。
肉体を焼かれる激痛に身をのけぞらせ、自分でも意味の分からない言葉を喚き散らしながら、彼はアスファルトを転がった。
「──────ッ!?」
のたうち回りながら絶叫する彼に、鈍重な衝撃が走る。
数本の鎖が恐ろしい速度と温度をもって彼に触れるたび、ジュ、とおぞましい音を立てながら皮膚を焼き、焦げたソレを引き剥がした。
体中から噴き出す血液にまみれながら、明滅する景色に翻弄されるパンサーの視界は突如────ブラックアウトした。
辺りには、プロメテウスによる赤色の炎だけが、いつまでも燃えていた……。
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