†一章† この世界の裏の裏

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 眼前に、御崎瑠奈が息を切らしながら立っていた。 「隣、いいかな……?」  黒いセミロングにヘアピンを挿した髪型に、線の細い輪郭。整った鼻梁(ビリョウ)に、走ってきたからか頬を紅く染めている。長い睫毛(マツゲ)が伸びる二重の瞳には、少し気の弱そうな光を宿している。 「……ああ」  澄輝はそう了承すると、ベンチの左に寄ってスペースを空けた。  迷う事なくそこに腰掛ける瑠奈を横目に、澄輝は何でもなさそうに装いながら弁当を食べ続ける。  ──はぁ……厄日だ……  澄輝が心の中で溜め息を吐くと、瑠奈は何かを決心したように口を開いた。 「あのさ、羽間君。昨日の事なんだけど……」  その言葉は、彼が予想していたものと寸分の狂いもなかった。  瑠奈が見てしまった超常。呪われた血の闘い。  この世界の裏の裏。 「何も見なかった事に…………出来ないか?」  瑠奈は、ただ強い眼差しのみをもって、澄輝に答えた。  彼は、どうにもしがたい少女の意志を前に、どうしたものかと昼食に意識を戻す。  そして、冷たい気配を纏いながら、ひたすら箸を動かした。  二人を包む穏やかな空気の下で、澄輝と瑠奈の間には見えない壁のような隔たりが存在するかのように。  しかし、 「ねえ、教えてくれない? 昨日の事……」  ────!? どうしてコイツは……  澄輝が纏った冷たい気配は、単なる気配ではなかった。というのも、ヴァンパイアが持つ、恐怖や嫌悪を抱かせるオーラのようなものだ。  澄輝はダムピールであるためそれ程強くはないが、通常の人間なら本能的に拒絶反応が出る。精神を侵す邪気を、瑠奈はものともせずに澄輝に干渉した。  ──そうだ、御崎は昨日の夜も……  昨晩の戦闘の舞台は、ヴァンパイアによる人払いの魔術が発動していた。  本来なら、一般人である瑠奈はあの場所に侵入出来るはずがなかった。これは、ヴァンパイアの気配と同じく、人間の本能に訴える。  魔術的な訓練を受けている者ならいざ知らず、瑠奈が魔術に干渉する事は有り得ないのだ。 「聞いてる? 私が見たのは何!?」  襟首を掴まれた澄輝は、完全に逃げ場を失った。  ──また面倒な事に…………ああ! 畜生ッ! 「分かったよ、話してやる。けど、これは他言無用だからな」
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