2218人が本棚に入れています
本棚に追加
「────ッ!!」
声にならない悲鳴を上げながら、瑠奈はあとずさった。思わず買い物袋が手からすり抜け、グシャリという音と共に中身をぶちまけるが、それどころではない。
口を手で押さえ、硬直している瑠奈の方へ、黒い長身の男が長い髪を揺らしながら振り返る。
一目見て日本人ではないと分かる彫りの深い顔に、病的に白い肌。そして、特徴的なのは握っている細身の剣と、唇の間から覗く鋭い犬歯。
普段なら、男の美貌に圧倒されたかも知れないが、その異様な属性の雰囲気と光景に、瑠奈はその場にへたりこんだ。
──何……!? 誰……!?
そして、焦点の定まらない視界の奥、男の向こうにもう一人の影を見つけた。さらなる不安に心を削られながら、瑠奈はその顔を認識する。
「……羽間……くん?」
見知ったクラスメイトである羽間澄輝(ハザマトウキ)が、男の背後に静かに佇んでいた。よく話をするというわけではないが、一年二年と同じクラスであるため、顔は覚えている。
彼の容貌は変わっていて、頭部の左側の髪は根元が白い。また、左目も色素が薄いらしく、瞳は血のように赤いのだ。
ただ、今夜は、右手に携えているライフルのようなものが、彼を異質なものに見せている。そのライフルというのは、銃口の下に銀色に輝く大きめの刃が取り付けられていて、不吉な光景を連想させた。
「……これはこれは、招かれざる者の御登場ですか」
黒くそびえる男は、意外にも流暢な日本語でそう言った。
そして、瑠奈へと向かって一歩を踏み出す。
「こ、来ないでッ!」
瑠奈は自分でも驚くくらいの大声で叫ぶと、地面に座り込みながらも後ろへ下がろうともがく。
目尻に涙を浮かべながら、瑠奈は思う。
──この道さえ通らなければ……
ただ、運が悪かっただけなのだ。
今朝、冷蔵庫を開けたらたまたま空っぽで、下校中にスーパーに寄るのを忘れて、一度家に帰ってから買い物に出て、そうしたら日が暮れて……。
目の前で、黒い男がゆっくりと剣を振り上げる。その光景を照らす月が、悔しいくらい純潔に輝いている。
そして、
「君はどんな声で哭(ナ)くのかなァ?」
ニヤリ、と口許を歪めた男は、白色に煌めく剣を振り下ろした。同時に、瑠奈は目を思いっきり瞑(ツブ)ると、襲ってくるであろう痛みに恐怖した。
最初のコメントを投稿しよう!