†序章† 非日常への境界

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「────ッ!!」  声にならない悲鳴を上げながら、瑠奈はあとずさった。思わず買い物袋が手からすり抜け、グシャリという音と共に中身をぶちまけるが、それどころではない。  口を手で押さえ、硬直している瑠奈の方へ、黒い長身の男が長い髪を揺らしながら振り返る。  一目見て日本人ではないと分かる彫りの深い顔に、病的に白い肌。そして、特徴的なのは握っている細身の剣と、唇の間から覗く鋭い犬歯。  普段なら、男の美貌に圧倒されたかも知れないが、その異様な属性の雰囲気と光景に、瑠奈はその場にへたりこんだ。  ──何……!? 誰……!?  そして、焦点の定まらない視界の奥、男の向こうにもう一人の影を見つけた。さらなる不安に心を削られながら、瑠奈はその顔を認識する。 「……羽間……くん?」  見知ったクラスメイトである羽間澄輝(ハザマトウキ)が、男の背後に静かに佇んでいた。よく話をするというわけではないが、一年二年と同じクラスであるため、顔は覚えている。  彼の容貌は変わっていて、頭部の左側の髪は根元が白い。また、左目も色素が薄いらしく、瞳は血のように赤いのだ。  ただ、今夜は、右手に携えているライフルのようなものが、彼を異質なものに見せている。そのライフルというのは、銃口の下に銀色に輝く大きめの刃が取り付けられていて、不吉な光景を連想させた。 「……これはこれは、招かれざる者の御登場ですか」  黒くそびえる男は、意外にも流暢な日本語でそう言った。  そして、瑠奈へと向かって一歩を踏み出す。 「こ、来ないでッ!」  瑠奈は自分でも驚くくらいの大声で叫ぶと、地面に座り込みながらも後ろへ下がろうともがく。  目尻に涙を浮かべながら、瑠奈は思う。  ──この道さえ通らなければ……  ただ、運が悪かっただけなのだ。  今朝、冷蔵庫を開けたらたまたま空っぽで、下校中にスーパーに寄るのを忘れて、一度家に帰ってから買い物に出て、そうしたら日が暮れて……。  目の前で、黒い男がゆっくりと剣を振り上げる。その光景を照らす月が、悔しいくらい純潔に輝いている。  そして、 「君はどんな声で哭(ナ)くのかなァ?」  ニヤリ、と口許を歪めた男は、白色に煌めく剣を振り下ろした。同時に、瑠奈は目を思いっきり瞑(ツブ)ると、襲ってくるであろう痛みに恐怖した。
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