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──………………
痛みが、襲ってこない。
その時、何か温かいモノが肌に触れる感覚と共に、むっ、と腥(ナマグサ)い臭いが鼻孔を突いた。
うっすらと目を開けた先に、何やら影が立ちはだかっている。その影は、まるで黒い男から瑠奈をかばうように左半身を突きだしながら、
「────ッ!!」
銀色の刃を、左手で受け止めていた。
肌に触れた温かいモノが、辺りに飛び散った鮮血である事を理解した瞬間、新たな恐怖が瑠奈を襲った。
「御崎、大丈夫か……?」
一瞬、瑠奈はその言葉が自分の身を案ずるものだと理解出来なかった。
「はざ………くん………血……血が!!」
太い血管を傷付けたのか、おびただしい量の血液が澄輝の左腕を伝っている。その先に見える顔が、愉悦の表情に歪みながら口を開く。
「フフ…………いい色だ。さあ、《薔薇十字団(ローゼンクロイツァー)》の少年よ、このまま死ぬか、少女を見捨てるか?」
その言葉に、瑠奈は戦慄した。
自分が、クラスメイトを間接的に殺そうとしている。
目の前に広がる血溜まりが、澄輝の命が削られていく様を表している。
自分のせいで、人が死んでしまう。
瑠奈が再び強く目を閉じた瞬間、澄輝の声が聞こえてきた。
「ヴァンパイアと人間の間に産まれた奴を、何て呼ぶか知ってるか?」
ヴァンパイア。あの、吸血鬼という架空の生き物だろうか。
さらなる不安に駆られる瑠奈が澄輝を見上げると、彼の周囲に何かが漂っていた。どす黒く見えるそれは糸のように細く、何本も浮かんでいる。
血溜まりから伸びる、赤い糸。
「聞いた事があるぞ。人間に与(クミ)するダムピール…………まさか、貴様は!」
黒い男が動揺したように叫んだ瞬間、宙に伸びていた血液が針のようにマントごと影を貫いた。
「ガァァァァァッ!!」
凄まじい咆哮と共に、黒い男は身をのけぞらせながら吹き飛ぶ。針のような細さの血液が作り出した衝撃は強く、その長身を数メートルも後方へ叩き付ける。
あまりの威力に瑠奈が息を呑むと、起き上がりかけていた黒い男に向かって、澄輝が跳んだ。
人間の跳躍力ではありえない距離を縮める澄輝は、ライフルを振り上げながら着地し、その勢いに任せて肉厚の刃を振り下ろす。
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