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何より、警察が太刀打ち出来るか不安になる程、黒い男の気配は濃密な悪意のようにおぞましかった。
黒いマントに蒼白な容貌、そして、鋭くとがった犬歯に赤い唇。吸血鬼という言葉がまさにぴったりだった。
「立てるか?」
そう言って、澄輝は手を差し出す。
瑠奈はしばし逡巡(シュンジュン)した後、その手を取って膝に力を入れた。しかし、腰が抜けているようで、かくん、と膝が折れて尻餅をつく。
澄輝は深い溜め息を吐くと、一言囁く。
「わりぃ」
「ひゃうっ!」
澄輝が瑠奈をお姫様だっこで抱え上げると、瑠奈の頬はたちまち紅潮した。かといって、自分で歩ける自信もなく、大人しく身を任せることにした。
そんな、耳まで真っ赤に染め上げている瑠奈をよそに、澄輝は平然と訊ねる。
「家、どこら辺?」
「あの、えと……この道を真っ直ぐ……」
慌てながら言葉を返す瑠奈。澄輝は黒い男が溶けるように去って行った夜闇を見据えると、何の迷いもなく路地を歩いていった。
この夜、澄輝の秘密は瑠奈によって暴かれた。
この夜、接点のなかった二人を黒い男が繋いだ。
この夜、澄輝が守り通すと誓った日常は、呆気なく砕かれてしまった。
一体の、ヴァンパイアによって。
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